『大空のサムライ』(坂井三郎著)を読んだ。
零戦パイロットだった坂井氏の体験談。登場する方々はみな、その時その場所に実際に居た

!でも、もう居ない…。
ある日、硫黄島にて坂井氏が日頃から可愛がっていた飛行兵が、敵の爆撃により右足を付け根から飛ばされ
内臓がはみ出し、すでに手の施しようもない状態。そして水を飲みたいという。以下、坂井氏と軍医長とのやりとり。
― 軍医長、水を欲しがっているのですが…。
― そりゃいかん、いま水をやったら、すぐ死んでしまうよ。
― それでは、この人間は助かる見込みがあるのですか。助かるんなら、すぐ手当をしてください。
― うーむ…、これでは手当のしようがない。まず助かりません。
― それなら水を飲ましてやって下さい…。
― そんなことは、軍医官としてゆるせんね。
― そうですか、そんならあんたは向こうへいってください。どうせ死ぬのなら、私が水をやります。
原爆投下時も多くの人が水を求めて川で亡くなったと聞くし、水をやりたくてもやれなかった人達は当時を辛く振り返る。
救いたいがために水を与えない。いや救いたいからこそ水を与える。いちばん尊重すべきものは一体何だろう。
どちらを選んだとしても、その一瞬の判断を一生後悔しながら生きていくことになりそうな…

坂井氏が水をやると、その方はああ、うまい、と満足そうに何度か小さくつぶやいて亡くなった。18、9の少年だったそうだ。
ところで、どうして水を飲むと死んでしまうんだろう?