[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
*今日のつぶやき*(1/18) ブログもすっかり放置気味になってしまったなぁ 敦
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2007ひろしま市民芸術祭。開催日の広島は、朝から晴れてとっても暑い一日になった。とはいえイベント会場となった広島平和記念公園内は緑と水が多く、始終さわやかな風が吹く。1945年8月6日、ここで大勢の方が水を欲しがって亡くなったことから、平和公園内には噴水や水場などが多く作られているという。
演奏場所は公園全体を見渡せる開放的な空間で、慰霊碑が正面にあり、慰霊碑のさらに先には原爆ドームが見える。本番では慰霊碑とその上に広がる空に向かって気持ちを込めて吹いた。目の前で足をとめて聴いて下さっている方々へ、そして目には見えないけどきっと聴いて下さっているであろう数知れない方々へ…。
今回の共演に誘ってくださったドラムの原田さんにはおんぶにだっこで宿から何から何まで世話になったm(_ _)m。彼女のソロ演奏ではやはり波紋音の音色が人々の興味を誘ったらしく、演奏後には学生スタッフさん達が入れ替わり立ち代わり話しかけていた。中には楽器の前にうずくまってずーっと叩いている人も(笑)。会場が会場だけに、マイクを通してコチラに入ってくるものが音色だけではなかったというか…オカルト話じゃなく、おかげで緊張することもなく気持ちが落ち着いた。
ちなみにステージの写真やセッティングのようすなどは一切、撮り忘れた orz
私にとって今回が初めての広島。滞在時間が短く、観光したのは平和公園内のみだけど、必ず見ておきたい、と考えていたものはここに集中しているのでしっかり見てきた。資料館に入ってまず印象的だったのは、客が史料をひとつひとつ実に丁寧に見ていること。みんな説明文を全部読んでいる(当たり前なのかなこれって)。たった1つの展示品さえ飛ばしていく人がいない(私もだけど)。被害者や遺族の叫びが込められているであろう品々をひとつでも見すごしたり無視したりできなくて。目の前に静かに置かれた歴史の事実に誰もが黙々と見入っていた。
一番混んでいた展示は(たまたまかもしれないけど)「なぜ広島が標的に選ばれたのか」というコーナー。京都、新潟、小倉他いくつかの候補から最終的に広島の「T字型の橋」に標的が決定するまでの、連合国側でやりとりされた文書などが公開されていて、ここは特に長い時間かけて立ち止まる人が多く、人があとからあとからつっかえて、ちょっとした渋滞地区になっていた。あと館内のあちこちで当時の様子を記録した映像がずっと流れており、展示のみならず映像から入ってくる印象もかなり強い。
それにしても、あれから半世紀すぎているのに、いまだに戦争やっている国があるっていうのが本当に信じられないね。戦争起こすやつは、自分が一度被害者になってみろ、って感じ。自分がやったことは必ずいつか自分に返ってくると思うけどね。
広島の街なかは路面電車が大活躍していて、アーケードの先に短いパンタグラフがみえるたびに、昭和初期にタイムスリップ気分。市内に川が多いので、地下鉄を作るより利にかなっているそうだ。乗車料金も東京のバスに比べずっと安い。
そういや、広島では方言に触れる機会がなかったな…。お店はほとんど標準語だったよ。
以上、おのぼりさん日記でした。
原爆ドーム三景。3枚目はちょっとお化粧してあげました(笑)
ステージ付近より。画面中央に慰霊碑、その向こうに原爆ドームが見える。演奏中に眺めていた景色もこんな感じ。
公園内にあるでっかい葉っぱを広げた植物と、くつろぐ猫。そのよこに不思議な注意書きが。
「植物に落書きをしないで下さい」
追記(7/31): 夜の原爆ドームの写真を撮りそこなったので、原田さんにお願いして撮ってきていただきましたーっ(*^^*)
まるでまだ内部が燃えているようにも。ひっそりと暗闇に佇むこの姿を見て、皆さんは何を感じますか?
追記(8/9): 今日は長崎に原爆が落とされた日。今度はこんな記事を見つけた。背筋が凍る。以下、記事引用。
「長崎」後、東京投下を検討=3発目の原爆標的-米軍機密電文 8月8日16時0分配信 時事通信
【ワシントン8日時事】1945年(昭和20年)8月9日の長崎への原爆投下後、米軍上層部が東京を標的に3発目の原爆投下を検討していたことが、米国立公文書館に保管されている当時の米軍最高機密電文で裏付けられた。
トルーマン政権は原爆投下目標を広島と長崎、小倉、新潟の4都市に絞り込み、東京は標的から外されたとされているが、この機密電文の存在は、米軍上層部が終戦間際まで東京への原爆攻撃を視野に入れていた事実を示している。
(引用終わり)
広島と長崎で今年もそれぞれ迎えた「原爆の日」。ニュースによると、
広島原爆によりこの1年間に死亡が確認されたのは5221人、死没者は25万3008人となった。
長崎原爆によりこの1年間に死亡が確認されたのは3069人、死没者は14万3124人となった。
という。いまでも毎年それほど多くの方が亡くなっているとは!冗談じゃねーぞ、って思う。誰が一体どう落とし前をつけるんだ?投下するに際してどんな理屈をつけたにせよ、現在のこの様子を知れば、いかに原爆が間違っていたかがよく分かる。
教育テレビで毎週日曜17時から放送している番組『音楽のちから』は、毎回ボーカルやドラム等いろんな方面のプロを番組に招き、6人のちびっ子レギュラーが手ほどきを受けるというもの。初回ゲストは仙波さんだった(と、思う)。
何回目の放送だか知らない今日のお題は「オーケストラに挑戦(後編)」ということで、有名オーケストラにちびっ子が混ざって奮闘するの巻。2名が打楽器、2名がチェロ、2名が指揮者に挑戦。このうち、指揮に挑戦した2人が真剣に、実に堂々とやり遂げた様子をみて、私はカンドー及び落涙。泣く意味が自分でも分からん(笑)。ひたむきさに感動したのかな。
曲は「威風堂々第1番」、東京フィルハーモニー交響楽団を指揮して実際にNHKホールでコンサートをやった。指揮した子は楽団員の顔をひとりひとり見ながらそして歌いながら指示を出していた。自分なりに曲をちゃんと理解して振っている様子が実にカッコよかった。よくやった!今日の放送みた人います?
うまい下手とは別の次元でも音楽って感動しますなぁ。感動の成分を分析できるなら毎回してみたいものだけど…。
教育テレビの子供向け番組については、他にもここでちょくちょく書いているけど、実に好きでして。特にぬいぐるみ系、人形系が。でもって子供は苦手だけど。ちなみに『音楽のちから』の後の時間に続けて放送している粘土のアニメ『ひつじのショーン』は毎回大笑い。特に今日は下の部屋まで笑い声が響いたかも…
。セリフは全くないの、コレ。
いわゆる最近の「お笑い番組」はまったく笑えないんだけどねぇ。
ここ数日、なぜか無性に気になる(笑)Tony Iommi氏、Black Sabbathのギターさんであります。よく知らない人です(^^;)
でCD買ってきた。今年4月の新譜《The Dio Years》。といっても新曲は3つだけであとは過去リリース分からの選曲。
タイトル見てもピンとこないくせに曲を聴けばほとんど歌えてる自分(笑)。Black SabbathはDio在籍時代しか知らないけどこの時期のは実は結構聴いてた。意識の上ではもう記憶にないくせに、メロや詞がすっと出てくるから音楽ってホント不思議。それはお年寄りが童謡を一緒に歌ってくれる様子をみても感じる。つまり音楽は人間の意識以外のところにも入っていくっていうことか?となるとやはり、どうせ人生の時間が限られているなら自分の栄養になる音楽を選択して聴いていきたいな。
ギターのことはよく分からないけど、この腰にくる重たさは誰でも簡単に出せるものなの?
墓場の下から何か出てきて追いかけてきそうな、こんなに怖いサウンドは他で聴いた事がない。
こんな曲を作るギタリストは変人で相当怖い人なんだろうと勝手に想像してた。
ところがYouTube画像を探すとアイオミ君は意外とにこやかな雰囲気で、想像してた怖いイメージが音を立てて崩れたぁ。
1つのバンドを何十年も率いていることだけでも凄い。イイ人なのかも(^^)。とても人間味あふれる感じの、人の良さそなおじちゃんで気に入ってしまいました(笑)。また、若い頃の事故で指先を2本も失っていたとは知らなかった。
では皆さんも一緒にご覧下さい~。
1989年のアイオミおじちゃん
2007年のアイオミおじちゃんと、ディオおじちゃん
アニメのブラックサバス(何コレーっ!げらげら)
Heaven & Hellは来日するのかにゃ。だったら是非行ってみたい!ライブ情報つかんだ方はご一報くだされ~
で本件とまったく無関係ですが、先日ボランティア演奏したときの写真をいただきました。
大正生まれのUさん、ありがとうございました!
ヒジョーにすがすがしい一日となった。地元の高齢者福祉施設のお祭りで屋外演奏してきました。
この施設を訪問する度にいつも逆にコチラが癒されて帰ってくるんだけど、今回はバンド演奏だったので、この感覚を演奏者みんなが共有してくれたんじゃないかなーというのがまた嬉しい!
去年の同催しではジャズをやったんだけど、今年は昭和歌謡にして歌なども入れたとこが良かったかも。また、客席と対話型のトークっていうのに今回は初挑戦してみたんだけど、それも成功だったみたい(小心者で口下手の私には心臓バクバクもんでした…)。一緒に口ずさんでくれたり、ずれているんだけど一生懸命手拍子をしてくれる人、ニコニコしたり、目をつぶったりして聴いてくれている人。
予定時間での演奏が終わって片付けていたら、スタッフさんから「今きた人が音楽を聴けると楽しみにしていらしたということなんですけど…」との情報が。見ると施設のオリジナル特製弁当を買う列がズラッとできていたので、その方々が待っている間のBGMをやろうということで再び楽器を出し、チンドン屋よろしく列を前後に練り歩きながら吹いた。他のメンバーもイスに太鼓を置いたりクラリネットやポケトラを出して合奏。
その場で合わせる非常にラフな感じがまた、リラックスした音になっていて良かった。
こんなにたくさんの人の笑顔に囲まれたのはひさびさでした。写真は後日掲載できるかも。
遠くから演奏に参加してくれたメンバーにも非常感謝!!!
オマケ: 本件とは関係ないけど、今日のニュースにでていた手つなぎラッコの映像をドゾ。究極の癒し系(笑)
置き傘はあるけど荷物が増えるのが面倒なので、大雨でない限りは大抵、濡れて帰る方を選ぶ。とはいえ雨に当たるのはやっぱり気分の良いものではない。帰りは小雨が降っていたが、今日も傘はささずに家路を急いでいた。あー、帰ったらやること一杯あるぜぃ。
すると、目の前に電動車イスに乗った初老のおばさんがいた。とても動きが遅く、追い越しがてら見るとおばさんの車イスにも傘はない。いや、あったとしても操縦で手がふさがってて差せない様子。舗道上もけっこう段差や小さな坂があったり地面が濡れてたりしてるから、かなり危なっかしい感じで運転している。
すごく気になるんだけど、何かできないのかと思うんだけど何も思い浮かばない。かける言葉が一つもでてこない。雨に濡れている気分はこの私と一緒なはずだ。なんか心が苦しい。特に手伝いは不要なのかもしれないけど、とりあえず声かけてみようか。それとも誰かが声かけないかな…
…で結局、何もしなかった。気になって何度かそっと振り返ったんだけど、何もしなかった。またか。
もし前世が存在するとしたら、私の前世はきっと社会的弱者を騙していた悪党だったんじゃないかと思う。今生では二度とそういうことができないようになっているんじゃないかな。こういう人達を見るといつも思考や体が硬直して取るべき行動を取れないからだ。自分のどこに何の抵抗が発生しているのかわからん。そういや『時計仕掛けのオレンジ』ってそんな映画じゃなかったっけ?(うろ覚え)
一方ではボランティアやってるくせにコレはオカシイよなぁ。何度こういう失敗したら殻を破ることができるんだろう。あー情けない。おばさん無事に家に帰れたかな、と思いながら家に着くなりひとしきり泣く馬鹿ここにあり。だったら一声でいいんだからかけりゃいいってのに。やっぱりつくづく変なやつだな、自分。
さーて、楽器の練習、練習っと。ちなみに上の映画の主人公って最後どうなるんだっけ?
すぐに出せる答えじゃないけど、私なりの考えをそろそろ探し始めた方がいいのかも。一番大事にしたいモノ。これまでの刹那的な姿勢のままでも楽しいけど楽しけりゃイイんだろうか。そもそも、私はなんで音楽やってんだろう?そんなことすら分からなくなっている今日このごろ。もし人類最後のたった一人の生き残りになっても私は音楽するんだろうか
他の人の考えがちょっと知りたくなった。
自分で演奏する時にしろ、誰かの生演奏や録音を聴く時にしろ、音楽に触れてどんな瞬間に喜びを感じたり、心が熱くなったりするのかきかせて欲しいなぁ…。
それにしても、テーマがあまりに漠然かつプライベートで実に頭の悪い質問者って感じ
こんなんですけど、もし何か思いついたら、何度でもコメント下さい。いつまででも待ってまーす
我到底怎麼使觀眾高漲呢? 用音樂一個人會不會任意操縱人們的感情?